上手く書けない・・・。。。。。。。。。。。。
○研究目的
近年、「格差」に関する議論が、幅広く行われている。地域間格差、雇用間格差、世代間格差や、世代内格差など、その格差は多様であり、また、それらが複雑に絡まっている状況にあると言える。こうした現状の前に、私たちは、戸惑い、また、将来への不安などから、「希望」が持ちにくい状況にある。私たちは、一人一人が「希望」を持って、「幸せ」に暮らすことができるような社会を形成するために、こうした問題に取り組んでいくことが必要である。
さて、この格差の原因については、いくつもの点を指摘することができるだろう。中曽根内閣以降の「改革」の結果、「小泉構造改革」の結果、高齢化の結果、「若者へのシワ寄せ」の結果などが考えられる。他にも、「失われた10年、15年」の時代を経て、「戦後」の日本に多く共有されていた「経済成長」「一億総中流」「終身雇用」などの「神話」「通念」が、一部の人を排除するものであったり、それらの限界が指摘されることなどを通して、こうした共通意識は崩壊しつつある。このことも、格差というものを顕在化して考えることの大きな原因になったと考えられる。最近の景気回復の期間においても、大企業においては、好業績を出す一方で、中小企業や家計などでは、その実感を持ちにくいと言われている。その「経済成長」とは何で、どの部門の「成長」なのかということを問わなければいけない状況にあると言える。
以下、2点、格差問題への考え方について見ていくことにする。
① 横浜の寿町などを見ていると、そこは、これらの格差、格差問題が集約しているように思えてくる。そして、格差問題への取り組みの必要性を痛感させられる。日本国憲法25条などを踏まえて、こうした問題に取り組んでいかなければいけないのではないか。戦後の日本の「経済成長」は、何だったのかについて問いなおす必要性があることを、示しているのではないか。日本の在り方について、批判的に検討しなおす必要性を投げかけているように、思われる。
② 日本経済のこれ方について考えた時、「イノベーション」の重要性を強調されることが多い。こうした取り組みの中心としては、企業家であり、中小企業経営者であると考えられる。今日のように、「希望」が持ちにくい社会だと、失敗への恐怖から、挑戦への意欲が下がることは十分に考えられる。格差問題の存在が、私たちの挑戦意欲を萎えさせるなら、このことは、大きな問題であろう。誰もが、「希望」を持って、挑戦することができる環境を整えるという観点からも、格差問題への取り組みが求められるのだろう。
誰もが、「希望」を持って、「幸せ」に暮らすことができるような社会を形成するためにも、まず、どのような社会にあるのかについて理解することが重要である。そこから、問題への解決が考えられる。日本が、どのような社会であるのかについて理解することが私の研究の目的である。

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